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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)3872号 判決 1974年10月09日

原告 桜井市兵衛

右訴訟代理人弁護士 加藤康夫

右訴訟復代理人弁護士 石川礼子

被告 全国金属産業労働組合同盟東京地方金属竹中工務店東京支部

右代表者執行委員長 斉藤康夫

主文

被告は原告に対し、金二三、五二六円およびこれに対する昭和四七年四月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、株式会社竹中工務店の職員をもって組織する労働組合であり、原告は、昭和二三年ごろ右会社に勤務し、昭和四三年八月一三日被告組合に加入し、昭和四七年四月六日被告組合を脱退した。

2  原告は、被告組合に加入していた昭和四三年九月から同四七年三月までの間、一斉積立金として、毎月金五〇〇円を被告組合に預託した。

右一斉積立金とは、組合費の外に被告組合がその闘争資金などに当てるため、組合員から毎月一定の金員を預り、これを労働金庫に被告組合名義で一括預金をしておき、同金庫には別に各組合員毎の積立額を記載した台帳が作成されることとなっており、その費消については、組合の機関決定を必要とするけれども、組合員がその資格を失った場合には、理由の如何に拘らず、その積立額に銀行利息を加えた金員を当該組合員に払い戻しをするというものである。

しかして、原告の被告組合脱退時の右一斉積立金の元利合計は金二三、五二六円である。

3  よって、原告は被告に対し、一斉積立金の元利金二三、五二六円およびこれに対する被告組合脱退日の翌日たる昭和四七年四月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、組合員がその資格を失った場合には理由の如何に拘らずその積立額に銀行利息を加えた金員を当該組合員に払い戻しをする、との点は否認する。その余の事実は全部認める。但し、本件一斉積立金は、後述するとおり、闘争資金である。

三  抗弁

そもそも本件一斉積立金は、貯蓄の促進、労働金庫からの割当貯蓄の達成の外、労働者の保障機関としての同金庫に対する組合員の自覚と争議の場合の資金繰りの担保財としての性格をもつものであり、従って、被告組合としては、これを一般預金と区別して取り扱ってきたのであるが、昭和四四年一一月二三日の臨時大会において右の趣旨をさらに発展させ、右一斉積立金を組合資産とし、組合員の団結を強化し、財政難による組合活動の制約から脱皮し、会社に対する武器の一つとするため、組合規約第六八条として、「組合員の一斉積立金は組合基金とする。但し、退社脱退若しくは執行委員会の議決を経て委員長の承認を受けた者に限り当該組合員の積立金を還元する。」と規定することとなり、さらに、昭和四五年七月五日の定期大会において、右規定を「組合の資産は第五六条の会計収入と一斉積立金とする。但し、一斉積立金は闘争資金であって、大会で組合員の三分の二以上の承認を受けなければ使用してはならない。当事業所を退所による脱退に限り、当該組合員の積立金(利子を含む)を当該組合員に支払うことができる。」と改正したのである。原告は、右臨時大会に出席し何ら異議申立もしなかったし、その後、被告組合から脱退するまでの間毎月の一斉積立金の徴収につき何ら異議を述べなかったものである。しかして、一斉積立金は、組合員の経済的地位の向上を計る際の闘争資金とする目的で積立てられたものであり、従って、右積立金は、被告組合に納入された以上組合財産に属するものであり、実質的には組合員の総有となるものである。ただ、「事業所退所」を理由とする脱退に限り当該組合員の積立金(利子を含む)を当該組合員に支払うことができるとしたのは離職者に対する恩恵的な配慮に基づくもの、つまり組合の情誼に基づく措置である。

以上のとおり、原告の如く「事業所退所」を理由としない組合脱退者に対してはこれを支払うべき理由はない。

四  抗弁に対する認否

被告組合規約第六八条に被告主張の如き規定が存することは認めるが、原告は、いついかなる手続を経てそのように規定されるに至ったか知らない。

五  再抗弁

1  仮に、被告主張の如き規約改正がなされたとしても、その決議は、被告組合からの脱退を防止するためになされた措置であり、かかる措置は、組合からの脱退者に対し違約金若しくは損害賠償の予約ともいうべき経済的不利益を課そうとするものであり、従って、組合員の思想および良心の自由を犯し、団結権保障の精神に反するものであるから、公序良俗違反として無効である。

2  また、右決議は信義則違反として無効である。

被告組合執行部は、昭和四五年の規約改正に際し、従前の規約は一斉積立金を払い戻す場合として、真実は「退社、脱退……」と規定されておって被告組合からの任意脱退者にも右一斉積立金を払戻すこととなっていたのにかかわらず殊更このことを隠蔽し、組合員に対する説明として従前も「退社脱退……」となっていたとし、組合員を欺いて右規約改正をなしたものである。

かかる組合執行部の措置は、その職務執行に際し、組合員に対して執らなければならない信義則に違反したものである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実はいずれも否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求の原因1の事実および被告は、その組合員から組合費の外に一斉積立金として毎月一定の金員を預りこれを労働金庫に被告名義で一括預金をしておき、同金庫には別に各組合員毎の積立額を記載した台帳が作成されることとなっていたこと、右一斉積立金の費消については組合の機関決定を必要とすることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、右一斉積立金制度は、昭和四〇年三月二一日開催の被告組合第六回定期大会において、第四号議案労金長期対策として提案・可決されたものであって、その内容とするところは、貯蓄の促進による組合財政の確立強化、労働金庫からの割当貯蓄達成を目的とし、組合員が毎月金二〇〇円を積立て、被告組合からの脱退またはその勤務会社を退職する時にその積立てた額に一定の利息を加えて払戻しをすることとなっていたものであり、そして、右制度は翌二二日から実施されるに至ったものである。その後被告組合は、各組合員から毎月給料日に一斉積立金としてその給与から差し引いて徴収してきたものであり、しかして、少なくとも被告の主張する昭和四四年一一月二三日開催の臨時組合大会までの間、右一斉積立金制度は、その積立額が逐次増加されたことはあってもその内容において何ら変更されることなく継続されてきたものである。

右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実によれば、本件一斉積立金は、組合員の組合経費のため拠出する一般組合費とは全くその性格を異にし、組合員個人の積立預託としての性格をもつものとみるのが相当である。このように右積立金は、個人の積立預託としての法的性質を有するのであるから、組合員が被告組合から脱退または退職によってその資格を失った場合には、もはやその者に関する限りその積立金の制度目的は失なわれ、組合としては、私有財産権保障の趣旨からいってもその組合員からの払戻しを不要とする旨の承諾がある場合を除き、その払戻請求を拒み得ないと解すべきである。

二  そこで、被告の主張について判断する。

被告は、昭和四四年の臨時大会および翌年の大会以降本件一斉積立金を組合財産とした旨主張するが、仮りにそうであったとしても、前述した理由により、そのことのみから右一斉積立金の払戻請求を拒み得る事由となし得ないものといわなければならない。問題は、原告がその積立金の払戻しを不要とする旨の承諾をなしたか否かの点である。

被告代表者は、昭和四四年七月ごろ組合員多数の脱退があり、それらのことから組合財政を立直す必要上同年一一月二三日の臨時大会において、本件一斉積立金を組合基金、つまり組合財産とすること、それまで右積立金を払戻す規定がなかったのでこれを明確にするため、「退社脱退」、つまり組合員の退職による組合員資格喪失の場合、若しくは、執行委員会の議決を経て委員長の承認を受けた場合に限って右積立金を払戻すことに決議され、原告も右臨時大会に出席し何ら異議を述べなかった旨供述し、成立に争いない甲第六号証の二(組合規約現行第六八条関係)は右供述を裏付けるものであるが、右積立金を払戻す場合として「退社脱退」というように決議されたとの供述部分、および、これを裏付ける右甲第六号証の二は、≪証拠省略≫と対比したとき措信し難い。けだし、同号証によれば、右臨時大会において、被告組合からの任意脱退の場合にも右一斉積立金を払戻すことが可決されたと認められるからである。

≪証拠省略≫によると、被告組合は、昭和四五年七月五日の定期大会において、一斉積立金を組合資金と明確にした外、その使用目的を闘争資金と定義づけ、その支払いについては「当事業所を退所による脱退」、つまり退職による組合員資格の喪失の場合に限定する旨の決議をしたことを認めることができ、これに反する証拠はないが、原告が右大会に出席したことを認める証拠はなく、況や右決議に賛成したことを認める証拠はない。

原告は右大会後においても右一斉積立金を異議なく納めていたことは原告の供述から認められるところであるが、このことから原告がその積立金の払戻しを不要とする旨の承諾をなしたものとはいえない。

他に原告がその積立金の払戻しを不要とする旨の承諾をなしたことを認める証拠はない。

従って、被告の主張は採用しない。

三  原告が被告組合脱退時の原告の一斉積立金の元利合計は、金二三、五二六円であることは当事者間に争いがなく、従って、被告は原告に対し、右の金員およびこれに対する履行期後の昭和四七年四月七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわねばならない。

四  よって、原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林豊)

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